止まり木の雑記帳

feeと仔月の対談

2019年02月

点数表につきましてはこちらをご覧ください。



☆『恋愛で死神』


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fee「点数高いですね!」

 

仔月「はい」

 

fee「荻原さんという服屋のイケメン店員が今回の対象者です。荻原さんはわざとダサい眼鏡をつけてイケメンを隠している。そんな彼は、古川麻美さんという女性に片思いをしています。古川さんはストーカーに悩まされていて、最後に荻原さんが亡くなります」

 

仔月「大雑把に言えばそうなりますねw」

 

fee「バーゲンにやってきた古川さんと出会い、古川さんにストーカーに間違えられそうになって誤解を解いたり、映画の話をしたり、ストーカーが汚して行ったドアを一緒に綺麗にしたり、色々恋愛フラグを立てていましたけど」

 

仔月「ww」

 

fee「フラグを回収する前に終わっちゃいました……」

 

仔月「タイトルどおり恋愛の話がメインですが、その恋愛描写がとても良かったなぁと思いまして。それから、荻原さんが癌に罹っていたという真相も、『病死に関しては死神は不関与』というルールをうまく活かしているなと感じて、面白かったです。大体この2点でしょうか」

 

fee「癌だった、という設定は、僕は割と微妙な評価です。先ほど『吹雪に死神』の話で作者の工夫やテクニックの話をしたと思うんですが、これもその1つ。巧いな、とは思うんです。だけどちょっと無理やりかなとも思って」

 

仔月「あぁ~~」

 

fee「今回の話って、千葉さん、酷くないですか?

 

仔月「ふふふふw はいw」

 

fee「最初の『死神の精度』以外は、千葉さんは『可』を出して対象者を殺しちゃうわけですよね。『死神と藤田』の藤田さんは本望の死を遂げた感じだし、『吹雪に死神』の田村さんは息子も旦那も亡くしてかなり追いつめられているので、慈悲の死かもしれません。『恋愛で死神』も癌だから、という『逃げ道』をあげているなと思ったんです」

 

仔月「なるほど」

 

fee「確かにこうすれば、『熱愛カップルを引き裂くなんて、千葉さん酷くね?』というネガティブな感情を、『癌だったから千葉さんがいなくても死んでいた。千葉さんがいたから、彼女を守って死ねた』と、死の意味をポジティブに転化できます。けど、この癌設定がなければ千葉さんが酷いなと、感じたと思います。これから恋愛が始まる一番楽しいところなのに。で、癌の設定が出てくるのは最後だし、千葉さんも知らなかった」

 

仔月「ですよね」

 

fee「荻原さんが癌だという設定がなかったとしても、このストーリーは成り立つはずです」

 

仔月「唐突過ぎて公平さに欠ける感じですか?」

 

fee「公平さは、特に気になりませんでした。唐突過ぎて、作者の工夫、作者が悩んだ跡みたいなものが、透けて見えたという感じです。

僕は作者本人じゃないので邪推でしかありませんが、伊坂さんは悩んだんじゃないでしょうか? 『普通に書くと千葉さんが悪者になってしまう。どうすれば悪者じゃなくなるかなぁ? どうにかして読者が主人公を悪く思わないようにしたいなぁ』って。癌だったという設定を入れれば、千葉さんが悪者にならない。そういう作者の悩んだ跡が見えすぎているように感じます。

そういう意味では面白かったんですが、作品として面白いかどうかはまた別ですよね」

 

仔月「その辺の意識はぼくにはありませんでした。千葉さんが悪者になってしまうという理屈は確かにわかるんですけど、千葉さんというか死神族全体は価値観が根底から違っているので、悪者だという感覚がなくて。だからそういう視点はなかったです」

 

fee「僕は死神族全体が、『THE・お役人』のイメージなんです。借金取りにたとえてもいいですけど。『借金したんだから返してよ』っていう当たり前の事ではあるんですけど、『うまくまとまりそうな商談が明後日にあるので、明後日まででいいから待ってください』と泣きついても、『今日返す約束だったんだから、絶対に今日返してください』的な。

『規則は規則だから』という、融通の利かない非情さみたいなものを感じます。千葉さんはそれなりに頑張ってはいますけど、大して深く考えずに『可』を出しますよね。調査というのは形だけで、単に遊びに来ているように見えるんです。最初の藤木一恵さんだって何となく『見送り』にした感じ。藤木さんの将来性だとか、あるいは藤木さんの人物像を真剣に考えて、『可』にするか『見送り』にするか判断しているんじゃなくて、機械的に『可』にしているように見えます。

役人の仕事としては基本的には正しいんですけど、やられる方としてはたまったもんじゃないよなとも思うんです。一人のワガママを通したら、制度やルールは成り立たないという正論は非常にわかるんですが、個人の事情についてはどうでも良くて、ただ機械的に規則を押し通すような」

 

仔月「はい」

 

fee「その、死神族全体の悪印象を和らげるため、千葉さんをユーモラスに描いている。

ズレてボケている感じで、極力悪者臭を消す方向で書いています。その最たるものが今回の癌設定だなと思ったんです。千葉さんがウザかったら、読んでいて辛い」

 

仔月「程度にもよりますけど、確かに」

 

fee「かと言って、千葉さんが全部人助け(見送りに)していたら物語が変わっちゃう。6人全員助けて、人の好い死神では物語にならないので、基本的には殺す必要がある。その枠組みの中で、可能な限り千葉さんにネガティブ印象を与えないように書いているなぁ、って」

 

仔月「なるほど……」

 

fee「こういう設定の話を書きたい時に、そのままストレートにやったら『主人公がムカつく』になってしまう。かと言って主人公が悩みまくると、ウジウジ悩みやがってとか、悩んだ末に殺すのかよ!とか色々ツッコミが入ってしまう。

だから批判が向かないような、『この人なら仕方ないね』的な、ちょっとボケたようなキャラクターになっている。

千葉さんに感情移入するんじゃなくて、千葉さんを遠くから眺めるような。本の中に入って楽しむ作品じゃなくて、役者さんを見て楽しむ感じです。伊坂さん自体がそういう作風なんだろうと思いますが、僕は作品世界に入って一喜一憂するのが好きなので、そういう意味ではちょっとノレない部分はあったりするんです」

 

仔月「設定をうまく使ってきたな、という意識はありました。ただ、千葉さんに嫌悪が向かないように処理している、というのは考えていなかったです。ぼくはこの作品でも、それ以外でもそうなんですが、登場人物に対してマイナス感情を抱く事があまりなくて。それでピンと来なかったのかなと」

 

fee「僕は『死神と藤田』だったら、『藤田! ハメられるんじゃねぇぞ!!』とか『阿久津がとうとう立ち上がったか!』みたいに、前のめりで読んでいますからねw

 

仔月「ぼくは千葉さんのズレたやりとりが面白いなーと思って読んでいました」

 

fee「この作品に関して言えば、仔月さんのような読み方の方が楽しめると思いますw 僕は誰かに感情移入して読む癖があって。となると『恋愛で死神』を読むときに誰に感情移入するかというと、荻原さんになっちゃう」

 

仔月「ですね」

 

fee「荻原さんに感情移入すると、これから恋が始まる時に死んでしまったという、非常に残念な気分になるんです」

 

仔月「確かに、重いですね」

 

fee「その上で、荻原さんは知らないわけですが、読者視点では『千葉さんが見送りと言えば、荻原さんは死なずに済むのに』という気持ちが生まれる。そして最後に、実は癌だったと聞けば、癌だったら仕方ないねって。こういう形での最期でも良かったねってなる。この思考の誘導は、最後の唐突な癌の設定で作られたもので、癌設定がなければ『千葉さんふざけんなよ!』になっていたかもしれない。なるほどね、「千葉さんふざけんなよ!」にしないためにこういう設定を入れたんだなと思って読みました」

 

仔月「いやぁ……これは1人で読んだら絶対に気づけなかったポイントだと思います。そういう読み方自体が不得意なので」

 

fee「物語を純粋に楽しむなら、素直に読んだ方が良いと思いますよ。僕がひねくれているだけでw

 

仔月「ははは」

 

fee「荻原さんが死なないとマズい。死神が判断ミスをして悔やむような話でもいいけど、そういう深刻な話じゃなく、軽妙な話にしたいなら、死神が悪くない事にしないといけない。恋愛もちゃんと書かないといけない。荻原さんや古川さんの想いをきちんと書かないと、恋愛モノとして面白い話にならない。けれど、恋愛を書けば書くほど千葉さんが悪者になる。古川さんや荻原さんも立てつつ、千葉さんの株も落とさないように、伊坂さんは悩んだと思うんです。悩んで癌という設定を思いついて、それで解決したんだろうなぁ。よく思いついたな!と拍手を送りたい気持ちもあるんですけど、その『よく思いついたな!』というのが透けて見えちゃうのはどうなのかなって」

 

仔月「はいw」

 

fee「そういう意味で凄く誠実だとも思います。伊坂さんは、細心の気配りをして書いている。荻原さんを立てながら、千葉さんの株も落とさないという難題に対しても、きちんと解決している。工夫も見えるし、丁寧な仕事だと思います。

作者さんの中には『こまけぇこたぁいいんだよ!!』みたいな力業を使う方もいますし、それで面白ければいいんですが……そこまで面白くない場合は、凄くサボっているように感じて白けてしまう」

 

仔月「あぁ~~~~www」

 

fee「伊坂さんだったら絶対考えると思うんですよ。全部理由をつけて、読者に納得させる努力をする。ちょっと考えればすぐに解決策が出せるような粗が、そのままになっている作品もありますよね。

僕が細かいところを叩く作品って大体そうなんですよ。あれは、悪口や批判に見えるかもしれませんが、『こうしてくれれば楽しめたのに』という気持ちの表明でもあるんです」

 

仔月「feeさんはたまに凄い勢いで粗を叩く事がありますよねww」

 

fee「細心の注意を払ったって、ミスは生まれるんです。12つのミスは仕方ないとは思うけど、『こまけぇこたぁいいんだよ!』で読者が許してくれるなら『作者は楽が出来ていいなぁ』とは思います。ミスがあってもいいけど、ちょっとは考えてくれよ!っていう。

そういうのが一切気にならなくなるぐらい面白ければ、別に気にしないので、その辺はダブルスタンダードではあるんですけどもw

 

仔月「はいw」

 

fee「せめて伏線があればなぁ。荻原さんが若者なのに達観しているなぁ、ぐらいの伏線はありますが……」

 

 

 

fee「どうでもいい話ですが、NHKがラジオドラマを制作していまして、『恋愛で死神』の古川さんの名前が吉川さんにされていたのがとても気になります。漢字が似ているから、製作者が間違えたのか!?と色々考えてしまうと夜も眠れません」

 

仔月「気になりますねそれはwww」

 

fee「ラジオドラマは全5回でして、何故か『旅路を死神』だけドラマ化されていないのも。なんで1つだけ仲間外れにしたのかな。5つやったんなら、どうせなら6つやって下さいよ!と思いました。

ちなみにラジオドラマは原作に相当忠実に作られていますが、115分なので……」

 

仔月「それは相当コンパクトですね!」

 

fee「はい。未読者が聞いても、あっさりして終わるだけだと思いました。既読者がストーリーを思い出すのにはとても便利でしたが。原作と話は同じなので、『原作を改悪すんなよ!』みたいな不満はないんですが、15分というのは短すぎました。

恋愛描写の話もしましょうか」

 

仔月「P188に自分と相手が同じことを考えたり、同じことを口走ったりすると、何だか幸せじゃないですか』という台詞があって、その台詞を起点に恋愛描写が描かれているのが、好きです」

 

fee「荻原さんと古川さんはすごく気が合いますよね」

 

仔月「ですねw」

 

fee「趣味も一致しているようですし。恋愛というか、人間関係にはそういうところもありますよね。どこかしら自分と似ている人を好きになる。

僕で言うなら、僕は読書、サッカー、バスケ、ゲームが趣味です。趣味自体は合わなくてもいいんですけど、漫画や映画やドラマも含めて『何かしらのフィクションを楽しめる人』。実益の事だけしか考えていない人じゃなくて、フィクションで感動したり感情移入したりする人が良いなとか。弱い立場の人に対しても優しい人が良いなとか。そういうのはあります。

『話が通じる人』、相手の意見も聞く人。考え方や感性が似ている人。似ていなくても、折り合えるぐらいの距離にはいないと、何かを分かち合う事なんてできないし、何も分かち合えない人と親しくしたいとは、僕はあまり思わないので」

 

仔月「ですよね」

 

fee「店長はもう少し活躍するかなと思ったんだけどなぁ」

 

仔月「あ、確かにそれはあります」

 

fee「空気の読めない千葉さんが、執拗に片思いの話をしようとするシーンや、チケットの話も面白かった」

 

仔月「よけいな事ばかり言っていますねw」

 

fee「ほんとに。そこが面白いわけですけど。ちなみに、悪質な勧誘に悩まされている古川さんですが、これは明らかに悪質勧誘とは別物だと思うんですが……こんな勧誘する人いるんですか?」

 

仔月「探せばいるかもw」

 

fee「僕は昔、悪質な勧誘にあった経験があるんですよ。電話がジャンジャンかかってきて、勝手に約束とかを入れられて、5時間ぐらい缶詰にされて契約するまで帰してもらえないような」

 

仔月「それはとんでもないですねw」

 

fee「そんな事されたって、契約するわけないんですけどね……。それ以来、知らない人のアンケートには答えない、署名もしない、手相も見せない、人間不信の塊みたいになっちゃいました。

『今なら半額!のような感じで焦らせる』、『強引に話を持って行って、勝手に約束した事にする』、『約束したんだから~のようにこちらの良心につけ込み、断るこちらが悪いような気分にさせる』。やり口はそんな感じですね。オレオレ詐欺とかもそうで、結局は相手を動揺させて思考停止させたいんだなーと思いますけど、控えめに言っても最低な裏稼業だなぁと思います。

でもさすがに、電話番号から住所を調べて、嫌がらせをして、最後には刺しに来るなんてありえないですよ。だって勧誘だもん。カモっぽい人に多少は付きまとっても、1人に散々時間を使うより、次のカモを探した方が速いはず」

 

仔月「勧誘という目的を考えれば確かにそうですよね。ここまでするのは過剰かなと」

 

fee「あり得ないと思いました。本当に勧誘なのかな? 『死神の精度』で、音楽プロデューサーがクレーマーだったエピソードに関連づけているのかなとは思ったけど。最初は勧誘だったけど、声に惚れたか何かしてストーカーになっちゃったんじゃないですか?」

 

仔月「ありそうですねww」

 

fee「音楽プロデューサーも最初は本当にクレーマーだったのが、途中からスカウトになったので。本当に悪質勧誘者に刺されたのかどうかもわからないけど」

 

仔月「はいw」

 

fee「悪質勧誘とは別に、ストーカーもいたのかもしれません……。設定上の事で言うなら、死神がついている人が死ぬのは良いとして、死神がついていない人は死なないんでしょうか?」

 

仔月「設定上は死なないんじゃないかなぁ」

 

fee「たとえば『吹雪に死神』の場合は、連続殺人事件ですが、死ぬ予定の人にはみんな死神がついているんでしょうか? いろんな人に死神がついていたと思うんですが、英一や料理人にはついていなかったと思います」

 

仔月「ついていないですね」

 

fee「ということはこの二人は最初から無事が約束されている?」

 

仔月「そうなります」

 

fee「デリケートな話で恐縮ですが、数年前、日本でも大災害が起こって大勢の方が亡くなられたじゃないですか。

『死神の精度』の設定で言うなら、大勢の死神が被災地にひしめいていた、という事なんでしょうか?」

 

仔月「死神だらけになりますね」

 

fee「大抵の作品だと『死神は、死ぬ予定の人にしか見えない』みたいな設定がありそうなものですが、今回の作品では皆に見えているようですし」

 

仔月「全部関与していると考えると、死神も忙しい業務だなぁ……」

 

 

fee「悪質な勧誘会社は芳神建設っていうんですね。何を勧誘しているんでしょう? 建設会社でしょ? マンション買ってくださいとか言うんですか?」

 

仔月「P181で『え! あなた、マンションに興味がないんですか?』っていう台詞があります」

 

fee「あ、ほんとだ。……マンションを買うのって、相当なお金かローンを組まないと無理ですよね」

 

仔月「ですね」

 

fee「古川さん(21歳)にかける電話ではないですね。古川さんがめちゃくちゃ金持ちだという情報でも掴んだんでしょうか?」

 

仔月「こういう会社がどういう基準でカモを選んでいるのかがよくわからないですけど……」

 

fee「電話番号を適当にかけた可能性が高い気がするけど、英会話教室とか通販のブレスレットとか魔よけグッズとかなら良いかもしれないけど、マンションなんて勧誘されてホイホイ欲しがる人が沢山いるとも思えないんですが。

大抵の人にとっては一生に一度あるかないかの大きな買い物ですし、欲しがる人はまず自分から申し込みに行くのでは?」

 

仔月「そうですね」

 

fee「普通に考えて21歳の女性に対して粘ったってねぇ。よほど古川さんがマンションを買いそうだったんでしょうか?」

 

仔月「最初からマンションを買う事に後ろ向きですけどね、古川さん」

 

fee「ちょっと話を長く聞いただけですよね。その程度でこんなに粘るとは思えないなぁ。そもそも現代では知らない電話番号から電話がかかってきたら、まずネットで調べますよね。すると大体、〇〇会社の勧誘ですって書き込みがあるので折り返さない」

 

仔月「はははw」

 

fee「話は変わって、荻原さんがダサ眼鏡をかけている理由として『外見が良いので女性が寄ってくる。外見目当ての女性を排除したい』とありますけど、これって本当なんでしょうか?」

 

仔月「荻原さんが嘘をついているという事ですか?」

 

fee「それ自体は本当でしょうけど、本当に理由はそれだけなのかな?って。女性が寄ってくる、までは良いとして、寄ってきて何がマズいのか」

 

仔月「あぁ~。荻原さんは見た目で判断されたくない」

 

fee「それは勿論ですが、もっと深い意味があるんじゃないかな、と」

 

仔月「ぼくは言葉通りに受け止めてしまいました」

 

fee「それでもいいんですけど、癌の設定があるじゃないですか。恋人を作ったら、近い将来相手を悲しませてしまうので申し訳ない、という意図があるのかな?と思って」

 

仔月「そういう意図があるならば、古川さんと近づきたいという荻原さんの気持ちが矛盾してしまいませんか?」

 

fee「1年後に死ぬ自分でもOKしてくれる人なら欲しい、とか。頭では『恋人を作るべきではない』と思っていたけど、古川さんを『本当にめちゃくちゃ好きになってしまって』理性がぶっ飛んでしまったとか。あるいは、ここまでお近づきになるつもりはなかった可能性もあります。

古川さんかわいいな~と思って、ちょっとおしゃべりしておしまい。恋人になるつもりはなくて、道であいさつするだけで十分だと思っていた可能性。もっとズルい感じだと、自分からはアピールはしないし敢えてダサ眼鏡もかけているけど、こんな俺でも良いなら誰か愛してくれ、みたいな。最後の1年幸せになりたいけど、こちらからアピールして付き合ったら騙しているみたいだし。向こうから好きになってくれたんだったら、良いかな。でもそれも外見で釣るのは騙しているみたいになるし、とか」

 

仔月「色々ありますねぇw」

 

fee「人間はいつか死ぬので。80年後に死んでいるから誰とも付き合わない、とはならないわけで。1年後に死ぬからと言って、恋人を作っちゃいけないわけでもないんです。死刑囚だって結婚していいし、ご老人が結婚したって良いわけですし。

相手に悪いという優しさ、罪悪感、心苦しいというエゴも含めて、色々負担もありますけど。

そこまで考えて、そういう負担を背負わないために荻原さんが眼鏡をかけていたのか、単純に外見で判断されたくないだけの理由で眼鏡をかけていたのか。どちらとも取れるけど、恋愛描写を深く楽しむなら、荻原さんの思惑は大事かなと」

 

仔月「ですね」

 

fee「癌で死ぬから恋人を作るつもりはない、と思いながらも古川さんに惹かれちゃったのか、単に外見で判断されたくないだけなのか。どちらでも良いですが、個人的には『自分が死ぬから眼鏡をかけていた』という説を取りたいです。それぐらいの理由があるなら、癌設定も生きてくるので」

 

仔月「なるほど」

 

fee「荻原さんの恋愛、荻原さんがダサ眼鏡をかけている理由に癌設定を絡められるなら、単なる千葉さんへの嫌悪逸らしの設定じゃなくて、作品を深める設定になります

古川さんの前ですらダサ眼鏡をかけ続けている荻原さんの心境とか、色々考えることができる。こういうウジウジした葛藤は大好きなんですけど、敢えてウジウジと書かずに、そういう風にも読めるよ~と軽く流す伊坂さんの、良い言い方をすれば上品でさりげなく、奥ゆかしいところ。悪く言うと、僕的にはちょっと物足りないんですが、万人向けにするならこれぐらいの方が、重くなり過ぎず、重く読ませることもできるなと思いました」

 

仔月「考えてもいなかったですねw いや、ほんとに書いてある事をそのままに読んでいました。この作品に限った話ではなく、登場人物の心の機微を読み取るのに疎いところがあって。表面どおりに受け止めやすいんです。今回に限った話じゃなく、他の方の感想で気づかされることが凄く多くて。その可能性に想像が至らない、念頭に浮かばないんです。言われて初めて、なるほどってなる……」

 

fee「僕はひねくれているので、幾つか可能性を思いつくんですよ。で、幾つかある中で一番自分好みの感想を提出したり、飛びついたりする。深読みができているのか、単なる僕の妄想なのかはわからないですし、自分好みに誤読している可能性もあります。

たまに『feeさんそれは誤読ですよ。こう読むのが正しいです』みたいな反論をいただく事もあって、誤読に気づく事もあるんですが、その場合たいてい評価が下がるんです。

『確かに、相手の反論の方が正しいな。でもそれだと、ますますつまらない作品だなぁ。どうやら50点の作品を、僕が誤読して70点をつけていただけだったか』ってw

 

仔月「せっかく良いと思っていたところが、覆されてしまうというw」

 

fee「僕個人としては、誤読したまま良い作品だったなーと思ったままの方が幸せですけど、
あまりにも間違った誤読をして作品を褒め、それをネットに書き込んで良いのか? という問題もありますね。
まぁ、誤読に気づいちゃったら訂正する、誤読かどうか判断できなければ、とりあえず自分好みの解釈を取る、という感じです」

点数表につきましてはこちらをご覧ください。


☆「死神の精度:短編集」

*短編集の『死神の精度』は『』で、表題作の「死神の精度」は「」で表記します。

 

仔月「この作家さんは初めて読みますが、全編通して千葉さん(主人公の死神)の強烈なキャラクターというか、キャッチ―なところに魅力を感じました。一番印象に残ったのがそこで、逆に言うと他の部分での加点は少なかったので、全体の点数は70点ぐらいになります」

 

fee「僕もそれくらいかな……70点よりは高いから、74点にしましょう。伊坂作品は、随分前に2~3作読んだきりなので、今回はとても久しぶりの読書になります。
その時の記憶では、『そこそこ面白かったなぁ』というのと、『万人向けだなぁ』というのと、『超面白いというほどではないなぁ』と。今回読んでみましたが、印象は変わらなかったです」

 

仔月「はははw 万人向けと言われれば確かに。とても読みやすいので」

 

fee「読みやすいですね。流れるような文章で、非常に読みやすい。ドギツイ話もないし」

 

仔月「この作品は連作短編集で、死神の千葉さんというキャラクターが毎回語り手を務めています。全編共通のルールがあるんですよね」

 

fee「突発的な死は死神の仕業で、『病気』や『老衰』のような進行性の死は、死神とは無関係、という感じですね。僕は、死神からお役人を連想しました。上の役所で調査対象者を決めて、下っ端の死神が1週間調査をする。調査が終わると、対象者の生死が決まる。調査中は対象者は死なない。で、まぁ調査はたいてい『可』、つまり対象者は死ぬことになっている」

 

仔月「はははw」

 

fee「というのが基本設定かな? 死神に触られると気絶する。寿命が1年縮むという設定もありましたけど、これはどうでもいいか」

 

仔月「あまり活かされていなかったと思います(苦笑)」

 

fee「千葉さんも含めて、死神族全体が、音楽大好き!という設定もありましたね。他には、死神の名前は基本的に地名からとられている。千葉さんとか、秋田さんとか蒲田さんとかその他モロモロ。……言う必要もないかもしれないけど、場所は全部日本です。死神は海外にはいないの?」

 

仔月「どうなんでしょうか?」

 

fee「海外出張はしないんですね。転勤とかあるのかな? そんな話はどうでもいいかw」

 

仔月「はははww」

 

 

☆表題作「死神の精度」


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fee「50点! 低いなぁ(驚)」

 

仔月「はいw」

 

fee「まず先ほど話した『基本設定』の紹介があります。この作品を読んで、『この短編集全体のルールを読者に理解してもらおう』という導入編にもなっている。後付け設定はなくて、この作品で全ての設定を出してきているのはフェアですよね」

 

仔月「ですね」

 

fee「あらすじ行きます。今回千葉さんが担当するのは藤木一恵さん。クレーマーに悩まされているかわいそうな女性です。ルックスも『醜い』(自称)らしい。ロクな事もないし死にたがっています。特に最近は悪質なクレーマーに悩まされているんですが、そのクレーマーの正体が実は!? というのがあらすじになります」

 

仔月「うーん……なんて言うのかな……」

 

fee「50点ですからね(苦笑)。遠慮せず叩いてくれて構いませんよ!」

 

仔月「まず、オチがわかりやすかったというか……」

 

fee「そうですよね(前のめり)!! めちゃくちゃバレバレですよね!?」

 

仔月「基本的にこの短編集は、何らかの謎を最初にちりばめておいて、最後に回収する話が多いと思います。ミステリと言っていいかはわからないんですが、ぼくはそういう文脈で読みました。そういう文脈で読むと、真相がバレバレだと面白くないのではないか?と思って、50点をつけました」

 

fee「そうですね。この作品のジャンルは何か?と聞かれると微妙なところはありますけど、一応ミステリの賞を取っています。ミステリとして読んだら、この表題作は駄作……」

 

仔月「ははは(苦笑)」

 

fee「ただ、これはしょうがない部分もあって。ミステリで短編を書くのって難しいと思うんです。何故かというと短いから、登場人物が少ない」

 

仔月「ああ、なるほど!」

 

fee「千葉さんと藤木一恵さんを除くと、同僚の死神と、同僚がプッシュしている音楽プロデューサーぐらいしか出てきません」

 

仔月「あとはクレーマーの人」

 

fee「そうなんだけど、ミステリになぞらえるなら『クレーマー(犯人)の正体』を予想して読むわけで。現実では全く無関係な人がクレーマーかもしれませんが、『犯人(クレーマー)当て』ミステリとして読んだら、今まで出てきた人が犯人。となるとクレーマー候補は音楽プロデューサーぐらいしかいません

 

仔月「ですよねw」

 

fee「同僚も不自然な感じでプッシュしまくっていますし、これはバレバレと言われても仕方ないですね。ちなみに、現実にクレーム処理係から歌手になった方がいたらしくて、そこから着想を得たのかもしれません」

 

仔月「ふむふむ」

 

fee「ただ、wikipediaによると、実際にはクレーム処理係をやっていた事があるだけ、みたいです。クレーム処理係をした後結婚して、結婚後に地元の音楽会で入賞したらしいので」

 

仔月「経歴だけ考えると、この藤木一恵さんとはちょっと違いますね」

 

fee「まぁ僕は全く詳しくないので、wikipediaを信じるならばですけどね」

 

仔月「ぼくもまったく詳しくないです」

 

fee「この短編集はストーリーについてよりも、気に入った細部のシーンを話す方が盛り上がりそうですね。

P9の最後の行で、『若い大統領が時速十一マイルのパレード用専用車の上で狙撃されようと、どこかの少年がルーベンスの絵の前で愛犬とともに凍死しようと、関心はない』とあります。

これはエロゲでもよく見るパロディというか蘊蓄ネタで、わかるとニヤッとできる」

 

仔月「わからなかったですw」

 

fee「前者がアメリカのケネディ大統領で、後者が『フランダースの犬』かな」

 

仔月「なるほどw」

 

fee「わからなくても話の流れを遮る事なく、洒落た感じでパロディをさらっと出してくるのは良いなと思います。幅が狭すぎてオタクネタしか出さないようなパロディと比べると、レベルの差は歴然です。アメリカ大統領とフランダースの犬を瞬時に持ってくるのは、幅が広い……というよりパロネタをやるならこれぐらいはやってほしい。『ドラゴンボール』と『孤独のグルメ』と『20世紀少年』のパロディを連続で見せられても、幅狭いな~って思っちゃいます」

 

仔月「しかも知らないと楽しめないネタもありますしねぇ」

 

fee「知っていればにやりとできる、はアリですが、知らないと意味不明でつまらないやりとりは、パロディとしてダメですからね……」

 

仔月「以前も仰っていましたねw*1」

 

fee「アメリカの大統領と書いた後で、『ケのつくあの人ですけど』みたいな『解ってほしそうなオーラ』を出すのではなく、あくまでもさらっと流すような感じが僕は良いと思いました。

フォントを大きくしたり、テレビのバラエティで字幕をつけたりするような『ここ笑うところ!!』的なプッシュの仕方よりも、こういう奥ゆかしさの方が僕は好ましく感じます。雨男と雪男のシーンも良かった」

 

仔月「P33かな。


雨男なんですね』と彼女は微笑んだが、私には何が愉快なのか分からなかった。けれどそこで、長年の疑問が頭に浮かんだ。『雪男というのもそれか』『え?』『何かするたびに、天気が雪になる男のことか?』彼女はまた噴き出して、『可笑しいですね、それ』と手を叩いた。不愉快になる。真剣な発言をユーモアだと誤解されるのは、不本意だった

 

fee「千葉さんってこんなキャラですよねw」

 

仔月「言葉の捉え方がズレていますね(笑)」

 

fee「ズレているというか、人間でもこういう人はたまにいますけど……」

 

仔月「一種のカルチャーギャップかなと思って読んでいました」

 

fee「僕は『空気が読めない人』かなって……」

 

仔月「死神族全体がこんな感じなのかなと思って。感覚の違いというか」

 

fee「みんな音楽が好きみたいですし、感性が同じならそうかもしれないですね。死神族にも多少個性はあるみたいですが。

犯人の話に移りますが、こんなクレーマーが来たら嫌ですね」

 

仔月「こんな人が来たら困りますよねぇ」

 

fee「女性が病んで自殺しちゃったら、クレーマーが殺したようなものでは?」

 

仔月「ですよね」

 

fee「これが表題作というのはどうなのかな?と思いました。収録作品中、この編が一番つまらなかったので。ルール説明をしている以上、この編から読むことになるわけですが、初っ端の作品で読むのをやめちゃったら勿体ないなと思いました」

 
*1 http://blog.livedoor.jp/feezankyo/archives/10839436.html 『止まり木の足りない部屋」『つよきす三学期』対談 蟹沢きぬ編 当該発言につきましてはこちらを参照ください。

 

☆『死神と藤田』


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fee「結構(点数)高いですね」

 

仔月「はい」

 

fee「今回の対象者は藤田さんです」

 

仔月「藤田さんはヤクザで、どれくらいの地位にいるかというと……」

 

fee「中間管理職くらいでしょうか。そこそこ上の」

 

仔月「はい。藤田さんに接触するため、藤田さんと敵対関係にある栗木さんの情報を餌に、部下の阿久津さんと接触。そのまま、藤田さんと会います。藤田さんは栗木さんに落とし前をつけさせようと乗り込もうとするんですけど結局行かず……」

 

fee「藤田さんの上の人は、藤田さんを切り捨てて、栗木さんと仲良くしたい。それを知っていてなお、藤田さんは栗木さんに落とし前をつけさせようとする。しかし藤田さんが暴れる前に阿久津さんが先回りして乗り込んでしまう。主人公の千葉さんもそれに付き合う事になります。

千葉さん視点だと藤田さんの死ぬ日が解っている。逆に言えば死なない日も解っている。なので藤田さんが死なない事が分かった上で、千葉さんは藤田さんに助けを求めます。最後は藤田さんが乗り込んでカッコよく相手をのしたんでしたっけ?」

 

仔月「そこまでは書いてないですw」

 

fee「そうだっけw、でも多分のしたと思いますw 栗木さんには死神がついていて、栗木さんが先に死んだのは確定なので。というわけでどうでした?」

 

仔月「千葉さんのやりとりが面白かったです。P52の『おっさんくらいの年齢だと、年貢の納め時、とか言うんじゃねえの』『年貢制度は今もあるのか?』」

 

fee「こういう人ですよね、千葉さんは(苦笑)」

 

仔月「こういうやりとりが面白かったw 栗木さんのボディガードの男が、実は同僚の死神だったというのが今回用意された謎でした。【調査が終わるまで対象者は死なない】というルールを活かした上で、最終的に藤田さんを呼び寄せる展開も見所だと思います」

 

fee「そうですね。その辺は結構大事なところで。

阿久津さんが暴走しなかったら、藤田さんは仲間にハメられて死んでいたんでしょうか? 栗木さんにも死神がついているから、栗木さんは何かの理由でこの日に死んでいたんですよね」

 

仔月「それは確かです」

 

fee「何日か先に藤田さんをハメるための罠が用意されていて、その日に藤田さんが死ぬことになっていました。ただ、首謀者の栗木さんはこの日に死んでいる。

藤田さんの上の人は、それでもなお栗木さんの残党と仲良くしたくて藤田さんをハメるのかな? 何の関係もない交通事故で亡くなっている可能性もありますよね。

その場合は、仲間の裏切りによって殺された藤田さんの死が、千葉さんの行動によって、不慮の事故に書き替えられたかもしれない。無念の死だったはずが、部下を救って華々しい死に書き換えられたのかも。千葉さんの行動が藤田さんの死に意味を与えたのかな?と思って読んだんですけど……(自分で言っておいてなんですが、後から考えたらこの解釈は無理筋な気がする)」

 

仔月「その視点はぼくにはなかったです」

 

fee「仔月さんは、『主人公が何をしたって、どうせ結果は変わらなかった』と?」

 

仔月「そうだと思っていましたw」

 

fee「かもしれないけど(笑)

後は、藤田さんが言っている『任侠』世界の哲学話とか。イキリの阿久津さんが板挟みで大変そうで。最後阿久津さんは暴走して頑張りましたけど、今後大丈夫かな?」

 

仔月「立場的に心配ですねw」

 

fee「ね。でもまぁ、阿久津さんは頑張れて良かったと思いました。阿久津さんがこのまま卑怯なオトナになってしまうか、藤田さんの意志を継ぐカッコいいヤクザになれるかの瀬戸際だったかもしれないし」

 

仔月「そう……ですねぇ。ぼくはヤクザがカッコいいという感覚がピンと来なくて。藤田さんの言っている哲学もどうも……。だから阿久津さんがカッコ良くなるかどうか、というところには目が行かなかったです」

 

fee「僕の73点はそこを評価しての73点だったんですけどw そこがピンと来ないと僕だったら点数が低くなっちゃうな。

ヤクザというのは、国とか法律で守られていないハズレ者たち、社会不適合者の集まり。国とかも守ってくれないけど、自分たちは独立してやっていく。そのためのルールとして堅気の者には手を出さない。敵の組も含めて同業者なので、ヤクザ同士では喧嘩をしても、民間人は殺しちゃダメ。

現実のヤクザ事情は知りませんが、フィクション上のヤクザ、あるいは藤田さんが言いたいのは、そういう事だと思うんです……」

 

仔月「あぁ~、はい」

 

fee「裏稼業の人って多角的にやっていて、暴力専門の人と、売春や麻薬のような利益を求めるヤクザで違う気もしますけど」

 

仔月「そうなんでしょうか。ぼくが疑問に思ったのはまさにそのところで。作中で阿久津さんが『弱きを助ける』と言っているじゃないですか。そういう側面はあっても、ヤクザの行動には弱きをくじいている部分もあると思うんです。なのに自分から『正義の味方』ぶるのはどうなのかなって。自分たちの良くないところに目を瞑っているんじゃないかと……」

 

fee「敢えて藤田さんの擁護をしますが……たとえば売春の場合を考えてみます。

国は売春を禁止していて、ヤクザがいなかったら売春が出来ないとする。戦後あたり、結構そんな感じだったと思うんですが……。ヤクザがいて、売春をあっせんする。ヤクザは売春婦の儲けから場所代を取る代わりに、警察が来た時や、性質の悪い客が来た時にボディガードをする。

売春をしたい人、せざるを得ない人も含めて、いるはずなんです。その当時、生活保護とかもなかったかもしれない。体を売ってでも稼がないといけないのに、国は『売春は治安を乱す』と言って取り締まる。ヤクザの助けがないと商売できない、生きていけない。藤田さんが言いたいのはそういう事じゃないかなぁ」

 

仔月「はい」

 

fee「ただ、必要もないのに出しゃばってきて場所代を取っていくような、弱きをイジメるようなヤクザも出てきた。金儲けが第一になると、暴力を使って弱い者から金をとる方が楽ですから。そんなふうに変質していっちゃったのが、新しいヤクザの人たち。

藤田さんは時代遅れになってしまった『カッコいい古い』ヤクザで、阿久津さんはそれに憧れている。栗木さんとか、藤田さんの上の方は『ダサい新しいヤクザ』なんじゃないかと思います。

ちなみに現実のヤクザを肯定しているわけではなく、あくまでフィクションの話なのでそこはよろしくお願いします(苦笑)」

 

仔月「理屈としては解りました。藤田さんの理念に賛同できるかどうかは別として」

 

fee「まぁ僕も、特にヤクザを擁護したいわけでもないので(苦笑)」

 

 

☆『吹雪に死神』


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*アガサ・クリスティ『オリエント急行の殺人』、『そして誰もいなくなった』のネタバレを含みます。

fee「本題に行く前に。タイトルの付け方が印象的ですね。吹雪『に』死神ってw 無理やり感があります。その後の「恋愛『で』死神」「旅路『を』死神」もそうですが、とぼけた脱力感が出ていて良いタイトルだと思いますw」

 

仔月「wwww」

 

fee「『吹雪に死神』の話をしますと、昔ながらの謎解きミステリとしては、短編集中で一番巧いなと思いました」

 

仔月「ですよね」

 

fee「まず枠がビシっとハマっているんですよね。吹雪の山荘で人が死んでいく」

 

仔月「クローズドサークルものです」

 

fee「本文でも料理人が『オリエント急行の殺人』の名前を出していて、真由子さんに間違いを指摘されるシーンがあります。明示はされないんですが、料理人が言いたかったのは、確実に『そして誰もいなくなった』だと思います(余談ですが、『そして誰もいなくなった』というタイトルを出さないのも、『解る人だけにやりと出来るネタ』として上品です)

この、『オリエント急行の殺人』と、『そして誰もいなくなった』を足して2で割り、そこに死神要素を付けて独自性を出したのが、この『吹雪に死神』かなと。

あらすじ行きます。今回の対象者は田村聡江さん。田村ご夫婦と他何名かが、吹雪の山荘に旅行に行きます。まず最初に田村さんの旦那(幹夫)さんが亡くなって、次に権藤さんが亡くなる。権藤さんの息子と料理人と真由子と、対象者の田村聡江さんが残ります。最後に真由子さんも亡くなって、さて誰が犯人でしょうか!?というストーリーです」

 

仔月「はい。えーと……感想を言うのが難しい作品だなぁ……」

 

fee「最初の田村幹夫さんの死の真相部分が、とても巧いなと思いました。『吹雪に死神』は一つの独立した作品ではありますが、前に出てきた作品とも関わりがあるじゃないですか。

 

表題作「死神の精度」のP21

隣のテーブルでは、仲の良さそうな男女が向かい合って食事をしている。女が、『お腹一杯でもう食べられない』と腹を撫でながら、困惑と媚びの混じった表情で言うと、向かい側の男が、『いいよ、僕が食べてあげるよ』と張り切った声を出した。女が『優しいね。ありがとう』と嬉しそうに礼を口にしたが、どうして食事を分け与えた側が喜んでいるのか、私には理解できなかった』。

 

このさりげない描写が、編をまたいで『吹雪に死神』の真相に繋がっている。これが凄く巧い。伏線の貼り方として完璧です。編をまたいでいるのも巧い。これ、推理できました?」

 

仔月「全然できなかったですw」

 

fee「怪文書を書いたのは誰かとか、その辺りは推理できるようには書かれていないと思うんですが、最初の田村幹夫さんの死の真相は『推理しようと思えば、なんとか推理できたかも』というギリギリのラインを突いていると思います。あの伏線は、「死神の精度」を書いている時に既に、後で使ってやろうと思って計算して書いていたのかなぁ?

この連作短編は3~4か月に1編ずつ雑誌連載したようなので、後から伏線を紛れ込ませるのってまず無理じゃないですか(出版する時に加筆修正をする、という卑怯技は別として)。最初から考えていたのか、後から思いついたのかは解りませんが、どちらにしても巧いなぁと感じ入りました」

 

仔月「この作品、ぼくはちゃんと読み込めなかったというか、読み切れなくて。なんとなく雰囲気で読んじゃったので、ほとんど感想が言えない……」

 

fee「その割には70点じゃないですかw 真由子の彼氏が後から来るというエピソードがありますけど、彼氏の正体が隠されているんです。読んでいて、『真由子の彼氏は死神なんでしょ?バレバレだぜ』と思って。

実際そうなんですけど、これは『撒き餌』というか『二重の罠』なんですよね。最初の謎を解くと安心して、『これで解決。俺は名探偵だ!』と油断してしまいましたw。

敢えて分かりやすい謎を罠として用意しておいて、僕が油断したところで、ガチっとやられた。もうちょっと謎を隠せよwわかりやすすぎwと思って読んでいたら、見事に騙された。そういう作者のテクニックも光っているなと」

 

仔月「はいw」

 

fee「伊坂さんは巧いですよね。この『吹雪に死神』は、いわゆるミステリらしいミステリというか、これが日本人の考えるミステリの原風景なのかなと。

『死神と藤田』とか『旅路を死神』も、ミステリ内のサブジャンルでもあるスリラー・ハードボイルドだと思うんですが、そうしたタイプの違う色々なミステリを書いているのも、高評価したいです。『吹雪に死神』はオーソドックスなミステリでありながら、編をまたいだ伏線を貼るという、トリッキーな事もしていますし。

……まぁ、田村幹夫さんの『本当にこれ毒なのかな? ぐびぐび→死亡』というのはマズいんじゃないかとは思いましたw 全部千葉さんのせいですよね」

 

仔月「ですよねw」

 

fee「『オリエント急行』は、『吹雪に死神』と同じで、全員が犯人、全員がグルなんです。旅行に誘い込んで、一人ずつ被害者を刺していく。『吹雪に死神』では千葉さんのせいで、その計画がうまくいかなかった。それで今度は、犯人が別の犯人に殺される数珠繋ぎみたいな形になります。『吹雪に死神』は『オリエント急行』の計画と、『そして誰もいなくなった』のシチュエーション、この2つを合体させている。パロディだと明示した上で、自分なりの作品を新たに作れている。

……話はズレますが、イキリ系の若者が多いですね。『死神と藤田』の阿久津、『吹雪に死神』の英一、『旅路を死神』の森岡……みんな同じような人格に見えるw」

 

仔月「似ていますよねw」

 

fee「しかし僕だけが喋っていますけど大丈夫ですか? 何か言いたい事とか……」

 

仔月「いやぁ……ほんと、雰囲気で楽しんだだけなので何も言えないですw」

 

fee「雰囲気で楽しんで70点というのが、僕にはよくわからない(苦笑)。僕が『雰囲気で楽しんだ』というと、『大して面白くなかったけど雰囲気は楽しんだ』みたいな意味合いになる事が多くて」

 

仔月「表題作の「死神の精度」と比較すれば、相対的に楽しめたので点数を高めにつけました」

 

fee「ミステリ的な共通点があるという事で?」

 

仔月「ですねw」


*短編集の『死神の精度』は『』で、表題作の「死神の精度」は「」で表記します。



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